NPO 茨城インドネシア協会 
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追憶、漂流36時間の記憶  メイン
             
                    青木次郎    独立歩兵第375大隊戦友会

四十五年前、即ち昭和十九年八月二十九日、一発の魚雷によって一度に千余名の尊い生命をセレベス海に失った。

この戦争という悲惨な事実を何とか書き残しておきたいと思い、何年も前からペンを取ったが、文才のない情けなさ、仲々思う様に書くことも出来ずとうとう幾年かの歳月が過ぎてしまった。

その間、同じ思いの多くの戦友達が色々と書き記した海没に関する記事を見て、これらをまとめて一冊の文集にしたら何とかなるのではないかと横着な考えを起して、夫々連絡をとり、やっとでここに一冊の本とし.てまとめることが出来たのである。


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特に何年か前、広島で開かれた日本殉職船員顕彰会主催の大久保画伯遺作展で、戦友今井氏が偶然大阪商船三井船舶の方々と知り合い、我々が乗船し、セレベス海で海没をした「めき志こ丸」最後の記録を知ることが出来たことは大変有意義なことであった。
そして此度早速大阪商船三井船舶のご了解を得、資料として収録させて頂くことにした。

我々が肌で感じ、長い間の記憶の中に残してきたことと、当時の船長が詳細に書いて司令部に送った報告書を合せて見る時、より一層当時の出来事が生々しい思い出となってよみがえって来る思いである。

早い者で十六時間、遅い者で三十六時間、小さな救命胴衣一つをたよりに大海の只中に漂流を続け、芯の底まで冷え切った身体を自らの小便で温めながら、又かがめた足先を鱶の尾びれに叩かれ、火傷で真赤になった肌を南海の太陽にさらしながら、堪え抜いたこれらの時間は、
七十年近い人生を過ごして来た我々の歴史の中では、ホンのわずかの空間であったかも知れないが、この時のことはどうしても消え去ることのない鮮明な映像となって今でも記憶の中にはっきり残っているのである。

そして、このことは我々の記憶の中だけに留めてはいけないのだ、我々の人生の終りと共に消し去ってしまうのでなく、戦争を知らない後世の多くの人たちにも戦争というものがこの様なものであり、悲惨な出来事の集まりであるということ、それは広島や長崎の原爆だけのものでなく、知られていない片隅の所にも、たくさんの悲惨な事実が起っていたのであるということを知っていて貰いたいのである。

今回この本を出版するに当り、三井船舶の方のご好意により当時の「めき志こ丸」の写真や船長の報告書をお借りさせて頂いたことは、感謝である。又、相良部隊の部隊長が書かれた畳一帖くらいの大きな戦歴図を戦後同部隊の杉田軍医が亡られた時、ご遣族の方より我々の部隊の福岡軍医に贈られ、をれを福岡氏が縮少して、生存している戦友全員に送付したもの、

それに対して礼状の中に当時を偲んで思い出として書かれたもの、この時の海没で戦死された戦友のご遺族の所に届いた死亡確認書等、色々と資料をお寄せ頂いた方々に合せて深く感謝する次第である。
お互い歳を重ね、すっかり老人と呼ばれるようになってしまったが、「老兵いまだ死なず」の言葉通り、かつての勇者らしく益々元気を出してこれからも頑張って行こうではありませんか。
                 
           昭和六十三年八月海没記念日を前にして青木次郎記
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