NPO 茨城インドネシア協会 
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追憶、私は生きていた、  @/3  相良部隊  桑原末男

命の岐路

人の運命と言うものはほんの詰らない動機に支配される。その時は何でもないと思ったことでも、後にそれが重大な分岐点になることがある。

之を宗教的に宿命と名づけるならば、宿命こそは、実に、人間を支配する絶対的な、神秘的なものと言わねばならない。
殊にこうして、一隻なり二隻の船に全部の生命を託して、航海している様な場合には、その船自身が運命の糸に操られている様にしか思われないと考えること果して假目であらうか。

ポロ島を出た船団が、セレベス海の真中で、其の一隻が機関部に故障を起して、再びポロ島に戻る様なことがなかったら、
又、例令ポロ島に故障船だけが引返しても、私達の船だけでもメナドに前進していたら、そして更に、全部の船団がホロ島に引返しても、
コースを変えるか、時期を延ばすか、何等かの方策を樹てっいたら、或は後に述べる様な惨事も起らなかったかも知れないし、よし起ったとしてもそれを最少限度に食い止め得たかも知れない。

然し運命の神は飽くまでこの私達に対しては皮肉であった。
二十四日にポロ島を出帆して一路セレベス海に乗り出した船団は、二十五日未明、僚船が機関部に故障を起して、
航海不能に陥った所から護衛艦二隻が之を曳行し、全船団を挙げて一旦ポロ島に引返し、南海のこの一小港に、三日碇泊した後、何としてもその故障船の故障が直らず、已を得ず私達のメキシコ丸のみ二隻の護衛艦を従えて、
二十七日ポロ島を出帆した為に、結局はメキシコ丸以下二隻は撃沈せられ、更にその後、この僚船も又護衛艦と共に爆撃を受けて南海の藻屑と化すの悲惨事を起したのだった。

恐らく私の生涯を通じて、これ程標然たる事件もないであろうし、又これ程悲惨な事件もないであろう。それだけに目に見えざる運命の糸こそは、今尚忘れようとして忘れることの出来ないものなのだ。

呪われの海

それは夢の様でもあり現の様でもあった。平素船長が難かしい顔をして海を見つめていた船橋のあたりで、雷跡雷跡、と言った様な、
雷跡発見、と云った様な、又総員甲板へ、と言った様な気がして、ハッと我に帰りつ・も未だ目が覚めぬ中に、あの恐ろしい、バダーンと、言う音と衝動を身に受けて、その辺は忽ち阿鼻叫喚の巷と化して了った。

この船に乗ってから、身動きの出来ぬ混雑と船鎗の中の暑さに耐えかねて、漸くのことで、この今いる一二番船艙の間のトラクターの前車輪の附近に、中田や佐藤と僅かの場所を見つけて、それ以来、どんなことがあっても動かずにいたのだったが、

今受けた衝動は、ものの五米と離れていない一番船艦のあたりと直感され、そのあたりで衝動と同時に目の前が一時に真昼の様に明るくなり、
そして猛烈な爆風と熱の為に私は吹き飛ばされそうになり、そのまま俯伏せになると頭を抱えて、丸く甲板に身を屈めていた。

熱い。物凄く熱い。頭から右半身が焼っく程熱い。私は自分でも分らずに何やら喚いていると、熱湯の様な何かが頭の上から無数に降って来て、
それと同時に、一番船鎗の方から脱兎の様に兵隊達が走って來ては私の頭と言はず体と言わず踏んだり蹴ったりして後部の方へ逃げて行く。
或る者は私の体につまついて倒れる者もあるし、或る者は更にそれにつまついて倒れる者もある。

暫くの間懸命に頭を抱えていた私はー それは時間にしては、あの歴史的な衝動から二十秒と経っていない僅かな間ではあるがー 
頭から降って來る熱湯が漸く下火になり、体を踏み越える兵隊もなくなって、あたりが急にひっそりした様に思うと、頭から捲きつけていた外被を弾ね除けると猛烈な勢で立上った。

オー、何たることそ、今の今まで兵隊が群れていたあの一番船槍の上は、はめ板からごっそり吹き飛ばされて、ハッチロ一面に物凄い火炎が天に沖し、あたりは真昼の様に明くなっているではないか。

一二番船槍の間にあったマストは中途からへし折れて、二番船艙の中に突込んでいる。あのたくさんの兵隊がハンモックを吊っていたデリックも、マストの支柱になっていた多くの鋼索もだらりと歪められて一人とて兵隊はいない。

それよりも一番船艙から前部にかけては、あれ程たくさんいた筈の兵隊は一人もいないで、唯その辺は掃除をした後の甲板の様にさっぱりしているのだ。恐らくは、あのバダーン、と言う一瞬にその辺のあらゆるものが吹き飛ばされたのであろう。

そして気がついてみると、私の隣にいた中田も佐藤も、どうしたことそ、影も姿も見えず、唯二人程置いた向うに三人兵隊が真黒になって転がっているだけだ。

立上ってから一瞬ポーッとしてあたりを見ていた私は、その時一番船艙の中から、ウオーッと云う叫喚に似た無数の物凄い声が断続して聞えて来ると、思はず身慄いして急に飛上った。

そうだ。一番船艙には、ああ岡野がいる。鎚田がいる。分隊長がいる。いやいや、この一番船艙には静岡以来の部隊の兵隊が一人残らずいる筈だ。

私はハッとして一歩前へ踏み出したが、物凄い熱さのためにそれ以上は何としても足を踏み出すことが出来なかった。
火炎は益々猛烈になって行く。ふと瞳を凝して船鎗の中を見ると、あれだけの兵隊が火炎に包まれて、生不動の様になって喘ぎもがいている凄壮な姿が僅か乍らも一瞬はっきりと見えたではないか。

私はこれを見ると、再び全身に氷水を浴びた様に粟を生ずると、この時或る重大なことに思い当って、それこそ息のつまらんばかりに驚いた。一番船艙の重油が今燃えている。

二番船艙には弾薬が割れんばかりに積んであった訳ではないか。これだけの熱で而もポッカリ開いた二番船艙の口へ一寸火でもついたら、あ・私は、いやこの船全髄が一瞬にして四離霧散することを誰が否定し得ようそ。
この点に思いつくと私は猛烈な速さで体中を点検して見た。上衣は着ている。袴も履いている。地下足袋がない。帽子もない。が海を泳ぐ療のにはそんなものは要らない。雑嚢Ilあの第一回目のバシーの十時間漂水の時にも離さなかったーのもある。

よし、これだけあれば大丈夫だ。こう考えると雑嚢を鷲掴みにして、トラツクの前車輪に足をかけて、泥除けからエンヂンカバーの上へ飛び乗った。
足元が猛烈に滑る。 一面重油を流した様になっている。この自動車の向うは直ぐ舷側で海が見えている。

既に本船は殆ど停止して海が黒く波打っている。舷側にはたくさんの兵隊が群れている。トラックの屋根に掴まり乍ら海を見ていた私は、この時重大な忘れ物を思い出した。漂流には絶対欠くことの出来ない救命胴衣がないのだ。

この前の漂水の時にもこれ程大切なものはないと思った私は、今この重大な忘れ物に気がつくと息も止るばかりだった。
が、勿論それを探しに再び甲板へ降りる暇など到底あり得ない。それに、護衛艦が二隻もいるのだから朝になれば何とか助けられようし、海に泳げば必ず浮流物もたくさんある。

こう思うといくらか気が楽になって私は今一度燃え盛る一番船艙を振返って見た。火炎は益々熾烈となって今はあの恐ろしい断末魔の叫喚も少なくなった。

船槍の一番下に寝ていた岡野はあの歴史的な一瞬にして玉砕したものであろう。幾多戦友には申訳ないが、今の場合何とすることも出来ないのだ。

私は一瞬瞑目したが、その時退船を命ずる不気味な汽笛の断続音を聞くと、群がる舷側の兵隊に「愚図々々していると弾薬が爆発するぞ。
意気だ元気だ。躇らわずに飛込むのだと言いつつ、舷側に片足をかけて、猛烈な勢で頭から海の中へ突込んで行った。

逃げた。逃げた。猛烈な勢で泳いだ。
本船の近くは一面に重油が流れ出て、臭気が鼻を衝く。飛込む時に踏切が不完全だったのか、かなり深く水中へ潜ったが、浮上ると同時に短距離競泳の積りで抜手を切って、一米でも一尺でも本船から遠く離れようとして、私は本船の方向と九十度に懸命に泳いで行った。

が、後からフワリフワリ私を追かけて来るものがある様な気がして心配のまま一寸振返って見ると、肩にかけた雑嚢が海に浮いて私の直ぐ後からついて来る。

そう言えば、衣袴を身につけているので、体中が妙に重苦しく、水は思ったより温かい。漸くのことで一〇〇米は泳いだであろうか、既に重油の臭も少くなったのでいくらかゆっくりと平泳に替えて、何か浮流物をとその辺を探したが何も見当らない。

考えて見れば、本船が沈んでこそ浮流物も出る訳だが、本船が未だ沈まないのでは浮流物も出る筈がない訳だ。こう考えると私は気が焦り乍らも益々泳法をゆっくりにして、なるべく疲れない様にして廻りを改めて見廻して見た。

あちらに一人、こちらに一人、点々として泳いでいる。本船の火炎が海に反映して海一面が箸火を焚いた様にほのかに明るい。
波は飽くまでも静かで、風のない為か小波さえも立たぬ。
こ・まで来ればもう一安心、と本船を振り返ってみると、燃える、燃える、一番船槍の火炎は益々熾烈を極めて、未だに舷側をうろうろしている兵隊が影絵の様に黒く見えている。

と、この時パッと白い閃光が閃いたと見る間に、二番船艙の辺りから物凄い火炎が天に沖し、同時に
巨大な仕掛花火の様な火花が八方に飛んで、ダーン、パッパッパッパッ、と言う耳を破るばかりの爆音が轟き渡った。遂に二番船艙の爆発物に引火したのだ。アッと思う間もなかった。

二番船艙の横にへし折れて半分残っていたマストはこの一瞬グラグラッと揺れたと見る間に、船首の方へ刎ね飛ばされ、そこにあったトラックとウインチが猛烈な勢で海の中へ突飛ばされてその後からパッパッと火花が四散しつ・、今尚断続して爆音が海一面に轟き渡って行くのだ。

これを見ると私は又もや肌に粟を生ずるばかりの恐怖に襲われて、猛烈な勢で再び泳ぎ出した。

この頃には何処からともなしに、兵隊の数が一人二人と増して来て、私の近くには、五六人の兵隊が泳いでいた。
みんな救命胴衣をつけている。中には顔を怪我している者もある。私はこの怪我をした兵隊を見ると先刻から忘れていることに思い当った。右足の親指のつけ根がピリピリ痛むのだ。

そしてそれは痛むばかりではなく、足を動かして泳ぐ度に何となくブラブラする様で急に心配になって来た。が救命胴衣をつけているか何かに掴っていれば手探りで傷口を調べることも出来るが、今の場合そんな余裕はあり得ない。

そう言えば右腕も左腕もあちらこちらピリピリ痛む。明るくなれば材木でも見つかるだらうし、傷の程度も分ると我慢して再び本船を見やった。二番船稔の弾薬は引火したが、本船は前部を少しく海に突込んだだけで未だに沈没しないで燃えている。

既に船橋の方へも火が廻ったと見えて船の前半部はイルミネーションの様に明るく照し出され、弾薬の火花は益々猛烈になって行く。
ふと気がついて、私は左手の時計を海にかざして見たが、文字板が焔の光ではよく見えない。どうも二時五十分らしいと思われるがはっきり読めぬ。

それはともかく、既にあれから四十分は泳いだであろう。今の時間を仮に三時半とすれば、夜明けまであと二時間半位ある。

この頃から私は傷のことよりも、泳いでいる手足の力が堪らなく心配になって来た。学生時代、水泳には自信があって、よく遠泳などもやったが、今こうして泳いでいて、浮流物もないし何時救命されるかも疑問だとすれば、最早私は私の手と足に頼る外はないのだ。

私はともすれば悲観的になって、時には兵隊が救命胴衣をつけて泳いでいる中で、私一人が次第に力を失って海に沈んで行く姿が想像され、その都度強く否定しては何か掴まるものはないかと海を見廻していたのであった。

既に一時間は経ったであらう。宵の中天にかかつていた八日ばかりの月は何時の間にか沈んだと見え、今は星の数々がきらめくだけで、本船は尚赤々と燃えている。

火はもう船尾にまで達して船全体が巨大な火柱だ。ダーンダーンと云う断続する爆発音は漸く下火になって、今はメラメラと音を立てて燃えるだけだ。兵隊達は無意識の中に三人五人と集まって来て、今は二十人近くにもなった。あのバシー海峡での十時間の漂水と同じ様に、唯ワッショワッショ云い乍ら揉み合っている。

私も今はともすれば手も足もしびれそうなのを防ぎつつ、時には隣の兵隊の救命胴衣に一寸掴まらせて貰いつつ、声に合わせてワッショワッショを繰返していたが、何時何処から起こるともなしに、萬歳々々の声があたりに響き渡って来た。

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