NPO 茨城インドネシア協会
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自転車でミナハサをたずねた馬鹿な奴(1)       南遊海人
       

これは著者が2006年7月にミナハサ地方を日本から持参した自転車で散歩した記録です。                                ジャランジャランミナハサ

本日、2006年7月1日 昨夜のアルゼンチン、ドイツ戦の影響で若干眠い朝7時に起床。
軽く朝食、といってもインドネシアンコーヒーで目を覚まさせ、早速日本から持参した折り畳み自転車に乗り込みトモホンを後にした。

思ったよりフラットで穴もなく順調に行程をこなす。56歳にして何十年かぶりに自転車を漕ぎ外国の地を観光することは常軌の沙汰ではないと思われていた。事実マナド人の友人は驚きを隠せず、しかし私の思いに了解した。

過去自動車で数多くトモホンを経てカワンコアン、ラゴワンへは出たものの必ずマナド人の友人が一緒であった。外国人で言葉も通じない者がするとしたら若者以外に考えられない、があえて今回一人でのジャランジャランを設定した。

予定は作らず、いや作れないのである。書店で買った地図はあるものの距離などは書いてない、途中の村の名前が無い等、案内にも無いような村には、外国人が泊まれるようなホテルもないのである。

北スラウェシの人々は大のサッカーファン
20066月日にマナドへ着いた。一週間の予定でミナハサを周る予定が、異常気象で乾季にならず627日まで毎日雨模様であり約十日できずにおりその他の仕事をこなしていた。丁度梅雨明けを思わせる雲ひとつ無い晴天が2日続いた。もしかしたら雨季が明けたのでは? 思い切り準備をして、トモホンの知人の家に泊まった。

ここ一帯はみなサッカーが好きで、各家庭には自分の支援する各国の旗がひしめいている。中でも何故かアルゼンチンの人気がある。

住宅地であるコロガンの中心にスポンサーが用意した大型スクリーンの特設スタジオなるものがあり、深夜遅くまで応援をするのである。

審判の判定にはブーイング、危ない場面、ゴールの瞬間は何処でも同じように歓喜の渦である。私服制服の警官が警戒する様子は以前には見られなかったものであるが現在の警官はすべて実弾入りを携帯している。

招かれざる客
彼たちはこの時とばかりに日本人と見ると近寄ってくる。今回もNGOの役員という3人の男が私を訪ねてきた。そのうちの一人は投宿している家の婿殿である。断れず会うにはあった。NGOの名前を聞いて驚きやら、意味をしっているのかとやら、Spilit of Bushidoであった。

目的を尋ねると何処にも見られる「テナガクルジャ」労働者派遣である。インドネシアは、各国にメード、運転手として年間多くの労働力を送っている。
多くはマレーシア、中近東、シンガポールであるが最近韓国が単純労働者を年間1000人受け入れ始めたという。これをあてつけに日本でもまもなく外国人労働力が必要になるだろうとの考えで、私を訪れたのであった。

話は前後するが、トモホン、カカスカセンの友人が一通のメールを持参した。そのメールは英語で書いてあり、出何処はタイ、バンコクである。もっともらしくJAPANHOUSE 日本大使館と日本大使館が関係あるかのように記してあった。

いまの日本政府の施策には外国人労働者は指定ビザ以外就労できない仕組みになっており、それも全部の経費は日本政府が出すという。差出人も日本名で、Mr.TANA?Aとなっていた。 余りにも虫がいい話である。
ただで日本へ行けて働いてお金になって。彼に電話を依頼されたが断った。確認をしてほしいと。しかし彼たちは皆真剣である。

マナドの経済的変貌
ここ数年マナドだけは大きく変貌している。シンガポール資本それに負けじとジャワ資本が大挙して押しかけている。さながら日本のバブル期を思わせる建売ビル建築ラッシュである。海岸線(ブルファード)に沿って海岸を自己資本で埋め立て建物(モールが中心)を売る。

インドネシア政府によると、中国人は図面の段階で売り抜けているから彼達には損は無いはずと。しかし現実は、約半数が空室である、近々に各店開店するのだろうか。このモールの中でも中期に完成したモールは1年近くたっているがほぼ半数以上が開店していない。

2008年6月22日にはブルファースクエアーのハイパーマートが開店した。ここはリモデパートがメーンであり1階が衣料品関係。しかし一階は未開店が多く閑散としている。2階の食品売り場にメカジキマグロが台の上に一匹、見世物にまた肉はパックになっていたが、マナド人は素通りしている。まったく馴染みが無いのである。
開店時はいずこも同じ混雑である。私たちはその後ゆっくりとチュチマタ(眼を洗う、眼の保養)するだろう。

近年の海岸道路沿いの開発を北から記してみよう。

マリナプラザ マナドの下町45市場近く。3階建ての商店モール 半数以上未開店
ライオン航空の事務所がある。
メガモール デパートの両側に同じように3階建ての商店モール有、8割開店
ケンタッキー、ピザハット、デパ地下食料品、マタハリデパート、その他総合店舗、
最上階に、ボーリング場がオープン、3人2ゲームで約2000円ちょっと高い
地下1階にあやしい日本食レストラン、カツライスのカツは肉をミンチにし模ったもの。
メガモールは現在まで経済的に成功したといえる。
ブルファースクエアー 6月22日に一部ハイパーマートがオープンしたばかり。1階は衣料品関係だが未開店がおおい。2階は食品、電化製品、電化製品は韓国サムスンが多数、インドネシア製日本製品は少ない。
ここも両側に店舗モール、未完成 2008年10月には全店オープン
レストランは格安、
ブルファーモール 現在工事中であるが近くデパートと中心に開店予定、MCC(マナドコンファレンスセンター)が併設、大きな集会が行われる。6月20日にはユドヨノ大統領が講演をしている。モールは開店前に倒産したようだ
バフーモール 一番早く開店した。ケンタッキー、フレッシュマート、ホテルが併設、
海岸に沿って小さなトラディショナルレストランが20件近くあり、庶民の食事どころとなっている。
数件撤退、モールも売りに出ている店もある。


この様な大きな経済的変化が彼たちを「カネ探し」に向かわせているように思える。英語で「Make Money」というが彼たちは「チャリ、ウアン」カネを探すのである。カネが人心を惑わしている。古き良きマナドは今はない。

ここすべてのモールの駐車場は有料である。日本人の感覚からすると、デベロッパーが自己または委託して料金の徴収をすることが当たり前と思う。しかしここは地方政府の管理下にあり駐車料金のすべてが公務員の給料に化ける。一日約30Juta 約40万円の収入だそうだ。




自転車を進める

坂を下るとまもなくレイレムに入る。左の小山の裏側にリノウ湖がある。
道を入り急坂を登ると視野が開け道路わきから硫黄が噴出している。おそろおそろここを過ぎると湖底から硫黄が噴出すリノウ湖にでる。ここは湖底から硫黄が噴出し至る所に温泉があるようだ。

3年前にも一度きているが湖畔の駐車場が整備され管理小屋らしき建物がある。聞くところによると、湖の周囲を中国人が買占め将来リゾート化するという。
ここにも経済化の波が押し寄せてきたようだ。

追加、2009年、休憩設備が完成、入場料飲み物付きで1名2万ルピア

ラヘンドンにはいる。そろそろ息が切れてきた。『木の村』である。通りに沿って家具、ベンディの車輪、が目に入る。ここで産出されるチーク材であろうか。
次に長い上り坂に差し掛かる。くねっているがとにかく長い。自転車を手押しするしかない。
その坂の途中に温泉がある。渓谷にある温泉は古く旅人の疲れを癒す。入り口に食堂と料金所がある。
コーラを頼むがホットである。アクアを求め管理人の子供に別れを告げあとにした。

ソンデルに入る。ここは大戦中日本軍陸軍の駐屯地でもあった。そのせいか日本に対する心情は極めてよいところである。盆地に広がる町並みは整然としており歴史を感じる。ここには元州知事が個人の敷地内に作ったとされるプール、池、散歩道のある小山があり、釣り、ボートで遊べ恋人たちにはデートの場所を提供している唯一の施設がある。(TOAR LUMIMUUT RESORT )



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