NPO 茨城インドネシア協会 
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追憶、遭難            1/1   三木 勝

雲の切れ間から陸地が見え隠れする。その陸地の行く手に広がる海が、一瞬にして二千数百名の、若い戦友の命を呑みこんだ恨みのセレベス海である。

窓ガラスに額を押しつけて、その海から湧き上がる美しい雲の峰々を眺めていると、三十九年前の、あの恐ろしかった海没の凄愴な光景が、昨日の白昼夢と蘇ってくる……

大きな衝撃音を聞いたようにも思うが、それは夢であったのかも知れない。
気がついた時は、天井の低い船倉の床に腹ばいに、たたきつけられていた。

しかし船は平行を保って進んでいるようである。揮一本で寝ていたので、急いで軍袴をはいて上衣をつけた。禰神をつける暇は無い。

軍刀、ピストル、水筒を持ってハッチに出る。甲板から昇降ハッチにつり下げられた縄梯子代用のモッコは、下の何段階にも作られている船倉の居住区から、上がって来る兵隊で一杯……、途中の居住区から割り込むことはむずかしい。

阿鼻叫喚の生地獄とはこのことであろうか!戦友を呼びながら、叫びながら我先にと甲板をめざして上がっていく。

私たちは、後部甲板のすぐ下の船倉を居住区としていたので、甲板にあがっても前方に高い船橋が、立ちはだかっていて、今、前甲板でなにが起こっているか分からない。

大砲を撃つような大きな炸裂音が間断なく轟いている。その度に火の粉が闇の空に舞い上がる。
これは舳先に備えつけてあった船舶用の大砲を撃っているのであろう。
急ぐこともないと持って出た禰衿を着込んで、ピストルを肩に、軍刀を背中に負う。船は平行を保っている。

一応余裕を取り戻して、デッキの手すりの外を見る。海はあかるく一面に蓮の花のような大きな美しい花が咲いている。
「ああ美しい蓮の花が!これは潜水艦の攻撃を受けたのではなく、島の浅瀬にでも乗り上げたのでは……」一瞬そう思った。

その時、一隻の救助用ボートが、その蓮の花の中を横切った。よく目を凝らして見るとボートには兵隊が鈴なりに乗っている。蓮の花に見えたのは、海中に飛び込んで漂流している兵隊だった。

顎を突き出して顔の面だけを水面上に出して浮かんでいる。その顔の前と後ろには、救命胴衣の平たく青い浮袋が浮かんでいる。
前甲板で火災が発生しているので、水面に出ている顔が真赤に火照り、水に濡れた浮袋が、青く色映えて、あたかも美しい蓮の花に見えたのである。

船火事は至近距離で発生している。早く脱出しなければと急ぐが、舷側は一杯の人で押せども押せども、なかなかはかどらない。
湧田中尉がグレーンの上に立って大声でどなっている。

「鉄砲は捨てよ/銃は甲板に置いて早く飛び込め……」と銃をはじめ兵器は陛下からお借りしたもの、万一損傷させたら重営倉だと、きびしい教育を受けている現役の初年兵だ。

みな銃を持つ手を高くさしあげて舷側の手すりを跨ぐ。後から後から甲板に上がって来る兵隊に押されて、後ろの片足が手すりからなかなか抜けない。

そのまま横倒しに頭の方から海へ落ちて行く。その下には同じように落ちた兵隊がようやく海面に浮かび上がったとき、上から落ちて来る兵隊の持つ銃の床尾板で頭を割られる。

ふと船橋を見ると、人影はない。
「上だ/」と叫んで、駆け上がった。みると中央のタラップ付近まで火の海である。船は停止している。

大砲を撃つような爆発音は、前甲板の船底にマニラで積んだ重油のドラム罐が破裂する音で、流れ出た重油は海一面に漂い、それに引火して海面は真赤な焔を上げグラグラと煮えたぎっている。

その燃える重油が流れて、船の周囲を取り囲みつつある。猶予はできない。

「飛び込め/とびこめ/」
後から突き落とすようにせきたてる。泳げない者もいたからと思ってハッチの蓋板を一枚はずして来て下を見ると、海中では今飛び込んだ兵隊が、浮きつ沈みつ、のたうちまわっている。

「それは危ない〃これを!」と空の味噌樽を持って来た者がいる。その兵を先に飛び込ませて、それを目当てに樽を投げ私も飛び込んだ。

その二、三間先まで海は燃えて来ている。顔が火照って水から顔を出すことができない。周囲の人が誰かもわからない。今は一刻も早く船から離れなければ危険である。私は投げ込んだ樽を目指してふねから遠ざかる。

暫く泳いで見返れば、前半分真赤に焼けた船が、闇の中に浮かんでいる。全員退船が終わったのか、船尾の敵潜水艦攻撃用の爆雷が処分された。その火が燃え上がり、船は前後から火焔に包まれて、マストの先まで真赤に焼けて闇の夜空にくっきりと船形を表した。
「美しいなあ!」
「地獄には地獄の美しさがあるのか/」

などと自分自身の難儀を忘れ……さも感に耐えないように誰かが囁いている。
まもなく船は静かに沈んでいった。
火焔がおさまると、辺りは真の闇である。

それから、早く救助された者で、二十時間、遅い者で三十数時間の漂流が始まった。

漂流
途中で武田中尉と一緒になり、都合三人が味噌樽にすがりついての、あてどのない漂流がつづく。
闇の空には、眉を引いたような下弦の月がほんのりと浮かんでいた。はるか彼方に一筋の大きな火柱が立ち上がった。一瞬その火柱の左右に黒々と船の姿が浮かぶと、その振動がピリピリと腹わたをゆさぶる。

それは、護衛の駆潜艇が敵潜水艦の爆雷を受けて轟沈した一瞬の情景であった。
赤道直下とは言え海の中は実に寒い。
それに救命胴衣の浮力と下半身の重みで、腹の皮がきりきりと痛む。腰に下げていた救命綱を解いて膝関節に掛け、首につりさげて腹の皮にゆるみを持たせると、いくらか楽になった。そんな姿勢で味噌樽につかまり、三人足をからませあって浮いている。

水中では度々尿意をもよおす。三十分おき位いである。三人いるから十分おき位いに小便をする。小便の温もりが下腹部から胸の方へと徐々につたわって来て、寒さの一時凌ぎになる。他人の小便のぬくもりも、ほんのりといただきながら漂流する。

下腹に力を入れていないと、ブルブルと寒さの震えがとまらない。力を入れてその震えを抑えると、上と下の顎がカチッカチッと音を建てて噛み合う。
鱶よけにと長い赤襦を腰につけて流していたせいか、鱶は来なかったが、時折大きな魚が、ぬるぬると股の間を通り抜けて行く。もしや鱶ではと肝を冷やしたことである。

闇の彼方から、物憂い「水漬く屍」の歌声が流れて来る。それが左に右にと大きく大きく広がって行く。
「!自分達だけではない!多くの戦友がいるのだ!」そう思うと寒さと、不安におののく気持ちがいくらか和らぐのを覚える。

いま生死の境を彷径している最悪の条件の中で、幸い天気だけは良い。波も静かである。東の空に真赤な太陽が昇り始めると、あの寒さもいくらか和らぎ始める。

さすがに大海原の波は大きい。その大波の波頭に乗って高く高く浮き上がると、見渡す限りの大海原…一面に漂う塵芥のような兵隊の群れ〃遭難者の群れ〃その高波が四方に散りはじめると、身体は急速に波の谷間に吸い込まれて行く。

その高低差は優に二十米以上もあったろうか?
波の谷間に沈んだ時は、深い深い井戸の中に落ち込んだ蛙のように、仰ぎ見るものは、方一米ほどの天窓に映る青空のみで、奈落の底とはまさにこの所かと心細い限りである。

火傷を負った者や病人は、満ち引く波の力に抗しきれず、もがきながら…苦しみながら…ついに力尽き果てて頭を水中に突っ込んだまま次第に群れから離れて消え、あの世とやらへ旅立って行く。すがりつく藁一本浮かんでいない大海原で、手をかしてやる術もない。

「波の下にも都ぞ候」と、一思いに消えて行った平家の公達よりも、沈むに沈まれず、浮袋をつけたまま、あてどもなくさまよいつづけたであろう戦友達こそ哀れである。

水面に出ているのは顔の面だけであるが、日中は北緯一度の太陽に照りつけられて、焼けつくように暑い。上着の裏にいつも入れていた応急用の三角布を解いて顔に掛け、その上から海水を注いで暑さを凌ぐ。

昼すぎであったろうか。太陽がようやく傾きかけたころ、どこからともなくフロートを履いた水上飛行機が飛来して低空旋回を繰り返していたが、いずれかへ飛び去って行った。
救助船を誘導して来てくれるやもと待っていたが、船はなかなか来なかった。

海面にはドロドロと黒くよどんだ焼け残りの重油が漂っている。その重油で目を痛め、涙が出て目を開けていることはできないが、海に浮かんでいる分には支障はない。

太陽が沈むと一気に闇が迫り、また寒さがやって来る。今朝の寒さを思うと、早く海から上がりたいとしきりに思うが、未だに船の影さえない。一刻も早い救助の到来を祈るのみ。

それから何時間たったであろうか、この世には神はないのかとさえうたがう。だれかの「船だ!」という声に痛む目を指で押し開けて見る。ぼろぼろと零れおちる涙の向うに、探照灯で海面を照らしながら近づいて来る黒い影がぼんやりと浮かんだ。
「!救命艇だ/」

救命艇に向って
「海で遭難した時は寄り集まって、少しでも大きな群れを作っているように……救助は大きな群れから行なわれる。」と。

内地を出発する時教えられているので、大波で散り散りになるのを防ぐために、お互いの身体を救命綱で縛り合い、襲って来る睡魔と斗いながら待っているが、救命艇はなかなか近づいて来ない。

戦友に聞くと、「船は左右に移動しながらボートを降ろして救助活動をしているらしい。」という。敵潜水艦、の攻撃に備えてのジグザグ航行である。

「その船までの距離は?」と聞くと「本船までは相当あるが、二ー三百米位いの所に救助用ボートを降ろし、それに兵隊を乗せて本船に運んでいる。」という。

彼は瀬戸内海の島育ちで、船乗りである。間違いはあるまい!
「もう一晩海にいると凍え死ぬぞ!元気を出すか?」
「その目で大丈夫ですか?」
「目で泳ぐのではない。泳ぐそ。後から左か右か方向を示せ!」
「ようし泳こう……泳ぐそ〃"」

救命綱を解いて体を自由にし、お世話になった味噌樽と別れて、救命艇の方向に泳ぎ始めた。
遭難してから二十時間近くも経って、、疲労が甚だしいのと身体の前後に大きな浮袋を着けているのとで、浮いているのが精一杯、いざ救命艇に向かって泳ぐとなると、相当自信の有る者でも、気が逸るだけでなかなか進まない。

一秒でも早く救かりたい。焦る気持ちをおさえ、左に右にと後からの指示に従って懸命に泳ぐ。

どれだけの時間を要したことか、その時間の長かったこと!  やっとの思いでどうにか救命艇の近くの大きな漂流群にたどり着くことが出来た。
その時、あちらこちらと移動していた救命艇が停止して救助活動を始めたらしい。

群が大きくどよめいて、我先にと救命艇めざして突進して行く。その群に押されて、気がついた時には、救命艇の近くに辿り着いていた。

押しあげたり、引き上げたりして三人力を合わせ、どうにか早々に救命艇に乗り移ることが出来た。
「乗船した者は救命胴衣を脱ぎ、後に残る者に渡せ。」という指示で、胴衣を脱ぎ、救助を待つ群に投げる。
乗れなかった者は、舷側に手を掛け、懸命に乗ろうどもがいている。しかし満杯で乗る余地は無い!それのみか救命艇を漕ぎ出すことも出来ない。

「必ず引き返して全員救助するから、舟べりから手をはなせ……」と海軍の人たちが説得するが、一度つかまえた舟べりをなかなか離そうとしない。痛む目を閉じて、じいっと、このごたごたのやり取りを聞いている。
人間は、土壇場に追い込まれた時は、自分さえ助かればという心理があるものである。
「離さないと、その手をたたき切るぞ…」
興奮した大きな声が聞こえて来る。一足先に救助されていた髭の中尉が抜刀して、わめいているという。
「必ず折り返して救助に来る。」
「このままでは益々救助がおくれるだけではないか。」こうした救命艇の人々の説得でようやく舟べりから手が離され、軍刀も元の鞘に納まったらしい。静かに母船に向かって動き始めた。

照明によって、あかあかと照らし出されている駆逐艦の舷側に救命艇が静かに接舷した。我先きっすいにと艦側に殺到した兵員の重みで、吃水の浅い救命艇は一瞬にして転覆し、全員海中に放り出された。もがきながら転覆した舟底で、二〜三回頭を打って、やっとの思いで海面に浮かび上がることが出来た。

救命胴衣が無いので、浮かぶことが精一杯である。潮水を何回も飲みながら、手を振り、足を動かして駆逐艦に近づこうと焦るが、焦れば焦るほど潮の流れに乗って艦から遠ざかって行く。

ようやく艦上から、次々と投げてくれる縄梯子の一本を手にすることが出来た。
するすると艦側にたぐり寄せてくれる。

「その縄梯子に足を掛けよ。」と、艦上から叫んでくれるが、疲れきっている身体では、縄につかまっているのが精一杯。なかなか縄梯子に足を掛けることが出来ない。ようやく片足を掛けると、「ようし…」と、気合いを合わせて二人の海軍兵が引き上げてくれる。

甲板近くに引き上げられた時、股間に片足を入れられ、気合いもろ共掬い上げられ、甲板上にもんどり打って、ほうり出される。

そして、気合棒で頭を一つゴツン!と、たたきつけられた。
その痛さで『ハッ』と、我に返った時、ずるずると、引きずられて甲板上、所定の箇所に運ばれて行く。

「ここを動くな!動くとバランスが崩れて艦が転覆するぞ!」動く元気があろうか。
そのまま、そこに倒れたまま欲も得も無く意識を失ったように深いねむりに落ちて行った。

生れ立ちて
駆逐艦に救助されて、メナド市郊外の人家も疎らない椰子林の浜辺に、ボロボロに草臥れ夢遊病者のようになって上陸したのは、昭和十九年九月一日の早朝だったという。

三十日、三十一日の記憶は無い。ただ時々陸軍のラッパとは、異なる音色のラッパが鳴りひびき、船が激しく動きまわっていたことと、拡声機を、通じて緊迫した指示命令が伝達され、それにつれて兵員があわただしく甲板を走りまわっていたこと等が、うすぼんやりと思い出されるだけである。

おそらく駆逐艦の甲板上に鮪の如く投げ出され、暑さも知らず、前後不覚に眠りこけていたのだろう。

「島影だ!」というどよめきに頭をめぐらせば、ようやく明け初めた東天の一角に映る墨絵のような山塊……目をこらせば、その麓にたゆとう朝鶴の中に広がる椰子林の浜……その、あちこちから、時をつくる鶏の甲高い声が聞こえてくる。

征旅の苦難は覚悟ながら、九死に一生を得て、この新天地に再び生れ立つことの出来た、
その.よろこびと感激は今も忘れることが出来ない。

それは、連合軍機動部隊が、反攻上陸地点を物色中の時期で、敵機の偵察爆撃が次第に激しさを増している時でもあった。

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